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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8806号 判決

原告

寺西勇仁

右訴訟代理人弁護士

村田浩治

岡崎守延

被告

ハイブリッドインターナショナル株式会社

右代表者代表取締役

吉岡博身

右訴訟代理人弁護士

片岡義夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告が被告に対して労働契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、二九四万円及び平成七年九月二五日以降、毎月二五日限り二一万円を支払え

第二事案の概要

本件は、被告に解雇された原告が、右解雇は無効であるとして、被告に対し、労働契約上の地位を有することの確認及び賃金の支払を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(略)により明らかに認められる事実

1  原告は、平成元年四月三日、コンピュータソフトウエアの設計研究開発等を目的とする株式会社である被告に雇用され、平成二年七月からは、被告と大興電子通信株式会社(以下「大興」という)との間のSE業務請負契約に基づき、大阪市内にある大和大阪センタービル内(以下「大阪センター」という)において、コンピュータシステムの起動及び停止を含む運転監視、出力データの整理、分類等に従事していた。

2  被告は、平成六年六月一七日到達の書面において、原告に対し、同人を同月三〇日付で解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という)、同月二七日に原告の六月分給与を、同月二八日に同年七月一六日までの解雇予告手当を、それぞれ支払った。

3  被告の就業規則によれば、懲戒解雇に処する場合として、「第一一条に基づく職場規律規程(中略)に違反する行為があって違反の程度が重篤な場合」が規定されており(第五八条七号)、第一一条には、服務の基本原則として、「社員はこの規則及びこれに附属する諸規程を遵守するとともに業務上の掲示事項、通達及び指示に従い、誠実に自己の業務に専念し、作業能率の向上に努めるとともに、互いに協力して職場の秩序を維持しなければならない」「服務規律の細部については、別に職場規律規程に定める」とされている。そして、右第一一条を受けて制定されている職場規律規程には、「社員は、職制によって定められた上長の命令、指示に従い、与えられた職務に対しては、責任をもってその義務を果たすとともに、協力して業務の成果の向上に努めなければならない」(第二条1)、「社員は、常に礼儀をわきまえ、個人の人格を尊重し、秩序の維持と明るい職場造りに努めなければらない」(同条2)、「(社員は、)常に品位を保ち、服装、言行に留意し、会社の名誉を害し、信用を傷つけるようなことがあってはならない」(同条3)、「(社員は、)就業に際しては、自己の職場に適するよう所定の服装を整えること」(第三条(3))、「(社員は、)就業時間中、自己の本来の業務以外の仕事をし、又は職場を離れ、もしくは横臥、睡眠をしないこと」(同条(5))との規定がある。

二  被告の主張

1  原告には、勤務中以下のような行為があり、被告は、顧客である大興から、原告の勤務状態が著しく不良であり、同社の新入社員に悪影響を与えるため、平成六年七月以降原告の出社を見合わせるよう要請を受けるに至っていた。

(一) 原告は、平成五年より、ほぼ毎日勤務時間中に居眠りをし、被告の大阪センターの職長であり原告の上司である福井秀行(以下「福井」という)が注意してもこれを改めないばかりか、目をつぶっていただけであるのになぜ眠っていたと分かるのか等と口答えをすることが度々あった。

(二) 原告は、同年頃より、勤務時間中耳栓をするようになったため、福井がこれを注意し、理由を尋ねると、職長の声がうるさいからであるなどとうそぶき、耳栓をはずすことを拒絶し、これを装着したまま勤務する日が続いた。

(三) 原告は、同年八月頃から、数カ月以上に渡り、毎日二時間余り就業場所であるコンピュータコンソール前の操作用の席を理由なく無断で離席して退室していた。

2  原告の右行為のうち、居眠り及び離席は職場規律規程第三条(5)に、耳栓の着用は同規程第二条2及び3並びに第三条(3)に、福井の指示に従わなかったことは同規程第二条1にそれぞれ該当し、就業規則第一一条に違反する行為である。したがって、原告の右行為は、就業規則第五八条七号により、懲戒解雇事由となるものであったが、被告は、原告の将来を慮り、通常解雇とした。

三  原告の主張

1  解雇事由の不存在

(一) 原告は、毎日勤務時間中に居眠りをしていたことはなく、目を閉じて腕組みをしていたことがあるだけである。

(二) 原告が耳栓を着用していたのは、部屋の空調の音がうるさかったからであって、そのことにより何ら業務に支障を与えてはいない。

(三) 原告は、一定の時間離席していたことがあるが、これは、特にコンピュータの操作等が必要のない手待ち時間に行っていたものであって、何ら業務に支障を与えておらず、職場慣行として被告も容認していたものである。

2  解雇権の濫用

(一) 本件解雇は、原告との間で確執が生じていた福井が、原告を職場から追放するために行った極めて恣意的なものである。

(二) 原告の行為は、仮に被告の主張するとおりであったとしても、業務遂行上の実害がなく、その違法性は軽微であって、懲戒解雇又は普通解雇を正当化するような重大なものではない。

(三) 被告は、原告の目を閉じる行為、耳栓の着用及び一定時間の離席のいずれについても、原告に対し、一年近くもの間何ら注意を与えておらず、また、就業規則上定められている訓戒等の処分も全く行っていないにも関わらず、突然原告を解雇したものであって、手続上も相当なものとはいえない。

四  主たる争点

本件解雇が有効か否か(解雇事由の存否、解雇権濫用の有無)

第三主たる争点に対する当裁判所の判断

一  解雇事由の存否について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 大阪センターにおける被告の業務は、磁気テープによるデータの保存、プリンタによるリスト印刷が中心であり、これらに付随する作業として、磁気テープのラベル剥がし作業、作業表のチェック、磁気テープ確認作業等があった。被告は、右作業を大和システムマネジメント株式会社(以下「大和システム」という)等とチームを組んで行っていたもので、右作業に従事する被告の従業員は、福井、原告外二名の計四名であった。また、日勤の場合と夜勤の場合があったが、被告の四名の従業員は、常に同一の時間帯に作業をすることになっていた。

(二) 原告は、平成四年夏頃から、勤務時間中に時々居眠りをすることがあったが、平成五年八月二七日、原告が、テープラベルの確認作業中に居眠りをしていたのを福井が注意したところ、両人の間で口論となった。これをきっかけに、福井の指示により、当時専ら原告が行っていたテープラベルの確認作業が他の社員らとのローテーションにされたが、このころから、原告は、仕事を取り上げた福井に対し抗議の意思を示すため、ほぼ毎日、勤務時間中に椅子に座り腕組みをしながら目を閉じて仕事をせずにいることが多くなり、ときには居眠りをすることもあった。

(三) 原告は、平成五年一〇月頃からは、前記のように目を閉じている時間も含め、勤務時間中に常時耳栓をするようになった。そして、原告は、大興や大和システム及び同社の親会社である株式会社大和総研(以下「大和総研」という)の部課長らが見回りに来た際にも、同人らがいることに気付いているにもかかわらず、耳栓をして椅子に座り腕組みをしながら目を閉じていることがしばしばあった。

(四) 原告は、少なくとも平成五年八月下旬頃以降、勤務時間中にしばしば席を離れ、休憩室や喫煙室等で過ごすことが多く、その時間は、長いときには一日合計三時間近くに及ぶこともあったが、おおむね毎日二時間程度であった。

(五) 福井は、平成五年八月頃、原告の勤務態度について被告の吉岡専務に報告したところ、同人から、口頭の報告ではなく、具体的に書面に残しておくよう指示され、同年八月三〇日より、原告の居眠り、離席の状況についてメモ(書証略、以下「福井メモ」ともいう)を記載するようになった。

(六) 福井は、平成五年一二月一五日、原告に対し、耳栓をしていることを注意したが、原告は、耳栓をしていても音は聞こえているなどと反論して、これをはずそうとはしなかった。また、福井は、平成六年一月一八日、原告に対し、目を閉じていることを注意したが、原告は、寝ていたのではないなどと反論して態度を改めようとしなかった。そのため、福井は、原告に注意しても口論になるだけで無駄であると考えるようになり、それ以降は、原告に対し、職場において明示的に居眠りや耳栓について注意したことはなかった。

(七) 平成六年三月二二日頃、大和システムの河野部長及び竹本課長から、福井に対し、原告の勤務態度に関し、原告は何もしないで居眠りをしている、仕事場からいなくなる回数や時間が多い、大和総研の役席や我が社の社員からも幾度もクレームが入っている、他の社員や新入社員に悪影響を与える、余りにひどいのでこちらから対応をしなければならないと思っている、等の苦情が申し立てられた。

(八) 原告が休暇を取得していた平成六年四月二五日頃、同人が福井宅に電話した際、福井は原告に対し、居眠り、耳栓着用及び長時間の離席について注意し、顧客から苦情が来ていることも伝えたが、原告は、そのようなことは大和システムの社員もしており、問題にならない等として反論したため、両人の間で口論となった。原告は、その後も前記(二)ないし(四)のような勤務態度を改めることはなかった。

(九) 平成六年六月初め頃、被告は、大興の北川次長から、原告の勤務態度が悪いため、同年七月以降同人の大阪センターへの出入りを禁止する旨の通告を受けた。これを受け、被告は、福井から福井メモを取り寄せ、顧問弁護士を含めて役員らが協議した結果、原告の解雇を決定したが、同人の将来を慮り、普通解雇にとどめることとした。

2(一)  以上の事実に照らせば、原告の勤務態度は、被告の職場規律規程第二条1及び3並びに第三条(5)に該当することが認められ、その期間が少なくとも一〇ヶ月程度の長期間に及んでいること、居眠りについては、原告はこれを故意に行っていたこと、離席の回数が多数回に及び、その時間も長いこと、上司である福井の注意にも耳を貸そうとしなかったこと、被告の注文主である大興から度々クレームを受け、ついには同社から原告の出入りを禁止する旨の通告がされたこと等に照らせば、就業規則第五八条七号に定める「その程度が重篤な場合」に該当するというべきである。

(二)  原告は、居眠りについては、目を閉じていただけであって眠っていたわけではない旨主張する。なるほど、原告は、福井に対する抗議の意思を示すため、腕を組み、目を閉じた姿勢で仕事をせずにいた場合があったことは前記認定のとおりであるけれども、(書証略)(なお、このメモは、記載内容自体は信用できるものであることは、その体裁及び(人証略)に照らし認めることができる)及び(人証略)によれば、実際に眠っていたこともあったことが認められるうえ、腕を組んだまま目を閉じて仕事をしないという状態は、仮に真実眠っていなかったとしても、客観的にはまさに居眠りをしているものと評価しうる行為というべきであって(なお、(書証略)及び原告本人尋問の結果中には、目を閉じてイメージトレーニングを行っていたとの趣旨に解される部分があるが、たやすく信用できない)、このこと自体職場規律規程第三条(5)に該当する行為と認めるのが相当であるから、原告の主張は理由がない。

また、原告は目を閉じていたのは手待ち時間であって、業務に何らの支障を与えていないとも主張するが、たとえ手待ち時間であっても、しばしば居眠りをすることは、職場規律を乱す行為であるというべきであるから、右主張は失当である。

(三)  また、原告は、耳栓は空調機の騒音がうるさかったため着用していたものに過ぎず、会話は可能であり、業務に何ら支障を与えていないと主張し、(書証略)及び原告本人尋問の結果中にはこれに添う部分がある。しかしながら、空調機の騒音がうるさかったことについては、これを認めるに足りる客観的な証拠はないうえに、前記のとおり原告が耳栓をするようになったのは平成五年の一〇月頃であると認められるところ(原告本人尋問の結果によれば、原告自身、耳栓をしていたのは平成五年以降である旨自認している)、(書証略)によれば、原告が空調機がうるさいと感じるようになったのは平成三年又は四年頃であるというのであり、その間に時期的な齟齬があり、原告の主張に添う前記各証拠はたやすく信用できず、また、耳栓の着用は、通常の職場においては、特段の事情がない限り、他の社員に違和感を与えるばかりか、社員間の意志疎通を阻害し業務に支障を及ぼす可能性のある行為であると解されるところ、大阪センターにおいて右特段の事情が存在したことを認めるに足りる的確な証拠もないから、原告の主張は理由がない。

(四)  さらに、原告は、離席は手待ち時間に行っていたもので、何ら業務に支障を与えておらず、被告の他の従業員や大和システムの社員も同様の行為を行っていたと主張する。また、原告は、離席については福井から注意されたことがなく、同人も黙認していたとも主張する。確かに、証拠(略)によれば、大阪センターにおける被告の業務は、東京センターのバックアップ作業であり、その労働密度は比較的低かったこと、福井は、原告の離席の時間をこと細かくメモに記載しながら、その場で原告に注意することもなく、これを傍観していたこと、被告社員以外の者の中には離席を頻繁に行っていた者もあったことが認められ、原告の離席が果たして業務に支障の出るほどのものであったかどうか疑問がないわけではない。しかしながら、前掲各証拠によれば、原告の離席回数は極めて頻繁であり、時には一回一時間以上に及ぶこともあるなど、その程度において通常の休憩、休息の範囲を逸脱していることは明らかであること、(証拠略)によれば、手待ち時間であっても、不慮の事態に備えるため、コンソールを注視している必要があったことが認められること、前記認定のとおり、福井が原告に対し注意をしなかったのは、口論を避けていたためであって、同人の行為を黙認していたわけではないこと等を考慮すれば、原告の行為は職場規律を乱すものであって、職場規律規程第三条(5)に該当するというべきであるから、原告の主張は理由がない。

二  解雇権濫用について

1  就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実が存在する場合において、本人の将来を考慮して普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても許されないわけではなく、また、そのような場合に、右解雇が有効であるというためには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである。したがって、本件においては、本件解雇が普通解雇として解雇権濫用に当たるかどうかを判断すれば足りるところ、前記のとおり、原告の職場規律違反行為はそれ自体形式的には懲戒解雇事由に該当するものであること、特に、原告の勤務態度について、注文主である大興等から苦情が寄せられ、本件解雇直前には原告の出入りを禁止する旨の通告を受けるに至っていたこと、原告は、目を閉じる行為については故意に行っていたものであり、原告自身、その陳述書(書証略)において、「目を閉じて暇そうにしているのがよいとは思いません」と述べるなど、右行為が好ましくないものであることを認識していたと認められるうえ、原告は本件解雇を通告されるまでの間、福井から注意を受けていながら、全く反省の態度を示していなかったなど、原告側に宥恕すべき事情が見あたらないこと、原告は、解雇当時三〇歳であって、再就職が極めて困難であるという事情も見あたらないこと、本件解雇は、原告の将来を慮り、普通解雇として行われたものであること等を総合すれば、原告が本件解雇事由とされている勤務態度を取るに至った要因の一つに福井との確執があり、福井のこれに対する対応も必ずしも適切であったとは言い難いことを考えあわせたとしても、なお本件解雇が著しく不合理で、社会的相当性を逸脱するものであるとは認められないから、本件解雇は、解雇権の濫用に当たるものではないというべきである。

2(一)  これに対し、原告は、本件解雇は、原告との間で確執が生じていた福井が、原告を職場から追放するために行った極めて恣意的なものであると主張する。

確かに、(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、福井と原告の関係は、特に平成五年八月以降は円滑なものではなかったことが窺われるが、右各証拠によれば、その要因の一つは原告の勤務態度にもあったというべきであるうえ、福井が原告を職場から追放したいとの意図を有していたことを認めるに足りる証拠もなく、むしろ、前記のとおり本件解雇の直接の要因となったのは大興からの苦情であると認められるから、原告の主張は採用できない。

(二)  また、原告は、大阪センターにおける業務量が少なかったことを強調し、原告の勤務態度が職場規律規程に違反するものであったとしても、被告に具体的な損害を与えておらず、解雇を正当化するほど重大なものではない旨主張する。

しかしながら、たとえ大阪センターにおける業務量が比較的少なく、被告に具体的な損害が発生していなかったとしても、原告は、被告の注文主である大興や大和システムの部課長らの前でも態度を改めず、その勤務態度は大興や大和システムの社員らから苦情の出るほどのものであったところ、被告にとっては、顧客からクレームを招くような行為は、即受注の停止という重大な結果につながりかねない極めて深刻なものであることを考慮すると、原告の行為は、被告の信用を失墜させる重大なものであるといわざるを得ないから、原告の主張は採用できない。

(三)  さらに、原告は、被告の原告の行為について一年近くもの間何ら注意を与えておらず、また、就業規則上定められている訓戒等の処分も何ら行っていないにも関わらず、突然原告を解雇したものであって、手続上も相当なものとはいえないと主張する。

確かに、前記一掲記の各証拠によれば、福井は、一〇ヶ月にわたり原告の勤務態度を詳細に記録しながら、同人に対し注意を与えた回数は数えるほどしかないこと、被告は、平成五年八月頃から原告の勤務態度を福井の報告によって把握していながら、同人にメモを取るよう指示するのみで、大興から原告の出入りを禁止する旨の通告を受けるまで同人に対し何らの懲戒処分を与えていないことが認められる。しかしながら、福井の原告に対する注意の回数が少ないのは、福井が、原告との口論を避けていたためであることは前記認定のとおりであり、このような福井の対応が上司として適切であったかどうかはともかく、原告の行為を黙認していたわけではないこと、前記のとおり原告自身も勤務態度が好ましくないものであることは当時から認識していたこと、就業規則上他の懲戒処分を与えることは解雇の要件とはされていないことに鑑みると、これがため解雇の効力が妨げられると解すべきではないから、原告の主張は採用できない。

3  以上のとおり、原告の行為は、就業規則上の懲戒解雇事由に該当し、本件解雇が解雇権濫用であると認めるべき事情もないから、本件解雇は有効であり、本件解雇が無効であることを前提とする原告の請求はいずれも失当である。

(裁判官 谷口安史)

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